お侍様 小劇場

   “夏と言えばの ・・・” (お侍 番外編 107)
 


ここいらのご町内は、割とアットホームと言いますか、
今の時代には珍しくも、神社の氏子の結束も固く、
そのくせ、途中から越して来た方々へも気さくで開放的であり。
花見だお祭りだという四季折々の行事も多いし、
運動会やらバザーやら、
今時の集まりも華やか賑やかに繰り広げておいで。
別段、参加を強制はされないものの、
同じ町内にそれは評判のご一家がお住まいだし、
そのまたお隣さんが、
色んな意味から器用な方々だったりするものだから。
花見やお祭りでは、
懐かしのポン菓子用圧搾マシンを、
今時の戦隊ものの合体ロボ仕様で作って下さるエンジニアさんがおり、
子供たちに大いにウケていたり。
団子やおはぎだ赤飯だという付き物の仕出しには、
男性でありながらこちらもなかなかに器用なお兄さんズが、
玄人もどきの絶品な菓子や料理を供して下さるし。
そういった器用さや、男手としての頼もしさということのみならず、
彼らが来るよという噂だけで、

 『え〜、今時 町内会の運動会なんてダサイ〜』

なんて、親御に誘われても文句タラタラだった女子高生も、

 『え? 島田さんチの皆さんも来るのvv』

シナを作ってのもじもじしながら
“やだどーしよーvv、あ、皆にもメールしなきゃ〜vv”という変わりよう。
殊に、最年少の高校生、次男坊が加わってからこっち、

 『下準備からいらっしゃるの? だったらアタシも手伝うったらvv』

準備段階から進んで参加するほどの積極振りだったりし。
判りやすいったらないけれど、
まま、昔っからお祭りごとにはそういう盛り上がりも付き物ですからねぇ。


 というワケで、
 この夏も、お盆に恒例のお祭りが催されることとなっていたのだが、

 「それがですね、勘兵衛様。」

一応は普通の商社に勤める世帯主。
島田さんチの勘兵衛さんが帰宅すると、
駅前から既に、ゆかた姿の老若男女の皆様が眸につく賑わい。
今宵は鎮守の神社に夜店が出ての、
そこから最寄りの小学校の校庭では盆踊りが催されるとかで。
そういえば今宵だったかなと、
お勤めの方で忙殺されておいでだったのと、
だからこそ雑音にしかならないかもと、
他愛ない話、しかもまだ当日でもないことだと、
一切お耳に入れなんだ、女房殿だったらしいのだが、

 「毎年タコ焼きの夜店を出してらしたおじさんが、
  腰を傷めたとかで、お出でになれなくなったそうで。」

大きなお祭りならいざ知らず、たかが町内会の盆踊りのそれ。
しかも時期が時期なこともあり、
他のお人をいきなりは探せない。
ネットで公募すりゃあイイじゃんと若い子なんぞは言うけれど、
それだとどんな怪しいお兄さんが来るとも限らずで。

 「残念だけれど、今年はナシかなぁなんて言ってたら、
  なんとゴロさんが、
  某(それがし)に任せなさいと言い出したんですよぉ。」

そこまでは神妙だったのあっと言う間にくつがえし、
何故だか、いやに楽しそうに話す七郎次が言うことにゃ、

 「さすが何でも出来ちゃうゴロさんで。
  若いころにあちこちへ旅していたおり、
  路銀が足りなくなると、
  こういう屋台のお手伝いなんかもしていたんですって。」

なので、生地の配合から あの千枚通しでクルッて返すのとか、
全部何とか覚えてるって。

 「昨日、一昨日と、
  念のためにって練習なさったのを頂きましたが、
  ホント、玄人さんみたいに美味しくて。」

屋台と言えばという名物の夜店が無事に開けられるって、
皆さんも大喜びでと。
語る本人こそ、一番に嬉しいという様子で口にする七郎次であり。
軽く風呂を浴びた勘兵衛へ、用意していたビールの晩酌をとお付き合いし、
それからそれから、いそいそとリビングに持ち出したのが、
浅い藍地に黒っぽい柳枝の揺れる柄も大人びた雰囲気の、
真新しい浴衣と角帯の一式。

 「出掛けるつもり満々だったのだの。」
 「ええ。勘兵衛様も盆は何とかお暇が取れたと仰せでしたし。」

ソファーに腰掛けていた勘兵衛のすぐ傍ら、
リビングの床へ、とんとお膝をつきの、
さぁさ、お着替えを…という態勢に入っておいでの恋女房なのへは。
さしもの倭の鬼神でさえ、やれやれと苦笑するしかなかったそうな。




    ◇◇



小さな鎮守の神社には、
電球を仕込んだカラフルな提灯が列を作って下げられての参道を照らし、
その真下を、浴衣姿の人々がウチワを片手にそぞろ歩く姿が行き来をし。
町内会の祭りにしては、川向こうの花火大会とも重なっていることから、
毎年毎年 人出も結構あるのだが、

 「今年はまた、人の出が多くないか?」

くどいようだが小さな町の縁日と盆踊り。
それが、隣り町どころじゃあない、
電車に乗ってまでお運びというお客を招いているのは、

 「きっとね、あれのせいですよvv」

ふふと、こちらは灰色の地にツバメが小さく白抜きになった、
現代柄の浴衣をまとった七郎次が、
それは楽しそうに微笑って目線で示した先には、
話題にしていたタコ焼きの屋台らしいのがあって。
随分と使い込まれたらしい、赤いのれんの下、
鉄板へお客が触れぬようにと巡らした、
アクリルの仕切り板の向こうにて、
数本の腕と千枚通しとが軽やかに躍っており。
数多にへこみのある、使い込まれた鉄板の上では、
生地の海へと落とされた、ゆで蛸や紅ショウガや青ネギがカラフルな、
小さな丸が返されちゃあ玉になってゆく。
それをワクワクと見やるのは、小学生くらいの子供ら…だけかと思いきや。
うっとりと見やる、若々しい顔触れも随分と多く居並んでおり、

 「…何で夜店に行列が出来ておるのだ?」
 「ですから。」

店の裏に置かれた発電機のうなりも賑やかに、
アセチレンランプのまばゆさに照らされて、
忙しなくも手元を動かしては、丸ぁるいタコ焼きを次々焼いているのは、
出掛けに話を聞いていた、隣人の五郎兵衛殿だけじゃあないらしく。

 「…久蔵か?」

見間違えようのないお顔を見つけ、
勘兵衛がやや唖然としたお顔になった。
確か、高校総体に出掛けておらなんだか?
何を仰せか、もう戻っておいででしたよと。
ふふと微笑った七郎次だったものの、
勘違いしたままじゃないのかなというのも実は予想の範囲内。
だって毎朝それは早くに出社なさってた勘兵衛様であり、
それとは逆に、戻って来た久蔵の側はといや。
猛暑のせいもあってのこと、
学校へ練習に向かわなくていい身となったので、
極端な寝坊こそしちゃあいないが、
それでも勘兵衛の出社時間までには起き出せぬままのここ数日だったので。

 「不思議ですよね、何か企んでいるワケでもなかったのに、
  勘兵衛様が今日まで気がつかないままで居たら
  さぞかし面白いのにねって、ドキドキしてました。」

悪びれもせず、そんな言い方をされては、
黙っていたこと、怒れやしないと、
苦笑しか出ぬ御主様であり。
片やの久蔵殿の方は方で、
彼らの来訪に気づいてはいるらしかったが、
視線は上げもせずのまま。

 「………。」

あっさりとした無地のTシャツにカーゴパンツという、
いたって軽装のままながら。
汗止め…というより鉢巻きの代わりか、
細い紐で前髪をやや上げる格好にしている姿が、
日ごろ全く洒落っ気がないものだから、
それはレアな姿だということになるらしく。
そのくせ、やはり当人には洒落た気分は一片もないものか、
黙々と鉄板に向かい、両の手に摘まんだ竹串で、
寸分の乱れもなくの生地を一気に丸く返してゆく様は、

 「凄げぇ…。」
 「この兄ちゃん、忍者みてぇ。」

せめて“職人”じゃあなかろかと、
小学生の感想に、ついついくすすと微笑ってしまってた、
生地や材料補充の担当、平八が、

 「あ、シチさんに勘兵衛さん。」

遅ればせながら やって来た保護者の二人へ、
大きく手を振れば。
屋台の前を横へと伸びてた行列が、
微妙にざわめくのは もはやお約束か。

 「キャ、お兄様もいらしたよぉvv」
 「みぃこ、しっかりvv」
 「お館様も一緒だvv」
 「アーちゃん、口惜しがるだろなぁ。」

お館様ってのは勘兵衛様のことでしょか。
言い得て妙だなと、お背(おせな)で聞きつつ、
でもでもあくまでも素知らぬ顔にて。
お買い上げのお客とは違うのでと、
お店の内側に入れてもらって間近に見やれば。
鉄板の熱気はなかなかに厳しいが、
てきぱきと対処している久蔵の動きがあまりに小気味いいものだから、
うだるようなとまでの暑さには感じられず。

 「すいませんが、ちょっと見ててくれますか?」

バケツに作った生地を焼き手二人の間へ据えると、
平八が後から来たクチの二人へと声をかける。

 「もう注文は訊いてますんで、
  メモを渡された数だけ袋へ入れて渡してください。」

お代も済んでますからと言い置いた平八、何処へ行くのかと思ったら、
列の最後尾へ、材料が切れたのでここまでと頭を下げに行ったらしく。
明日もあります、よろしかったらそちらもどうぞと、
ちゃっかり宣伝も忘れなかったりしたそうだけれど。

 『丁度花火が始まる頃合いでしたしね。』

なので、あんまり苦情も出るまいとのこと。
とはいえ、

 「いやはや、こうまで はやろうとはな。」

イケメンがいると集客力が違うわなと、
そちら様も見事な手さばきのまま、
五郎兵衛殿がからから豪快に笑って見せて。
ちゃんと聞こえているその証し、

 「   ……。////////」

無表情なままながら、久蔵殿が耳を赤くしたのが、
おっ母様には胸がキュンとした一瞬だったそうだけれど。

 「明日も手伝うのか?」
 「らしいですよ?」

片方で返して、片方で外へはみ出す生地を入れ込む。
竹串の二刀流ってのは真ん丸に焼くのに一番適しちゃいるが、
なかなかこなせるもんじゃないそうで。
それがこんな短期間で出来るようになったなんて、
ゴロさんに言わせれば筋がいいんだそうですよと。
うっとり誇らしげなお顔になっている七郎次も七郎次だと、
勘兵衛としては苦笑が絶えなかったのだとか。
夏の夜の暗がりは、屋台の明かりのせいもあってか、
どこか舞台の書き割りみたいに空々しくて。
それでも花火が上がって、その奥行きを思い出せば、
そこに広がる火華線に、
日、一日と過ぎてく駆け足までも、何とはなく気づいてしまっての、
名残り惜しさをついつい咬みしめる。

  虫の鳴く声、聞こえたら、
  どんな暑くてもじきに秋ですよ……。





   〜どさくさ・どっとはらい〜  11.08.13.


  *差し替えの拍手お礼にするつもりでしたが、
   長くなったんでこちらもUPですvv
   おしまいに秋の訪のいを匂わせましたが、
   現実には まだまだ先の話なんでしょうね、とほほん。

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